英語が出来るということ

英語が出来るということ

どうしたら英語できるようになるかな〜?

という多分そんなに真面目な返事を期待していないであろう質問を最近されていろいろ思うことについて今日は書いてみます。

英語話せるようになりたい、できるようになりたいっていう人本当にたくさんいますし、そう思わない人の方が少ないくらい、世界中の人が出来たらいいのにと思っていると私は思います。

でも、英語が出来るって一言で言っても、その定義って人によって様々だと思うのです。

日本では、TOEICで800点を超えていれば英語がかなりできる人と認識されます。私は文法をあまり理解しておらず、語彙力やスピーキング力もペラペラには程遠いレベルでしたが800点を超えていただけでこの人は英語できると、会社に入った時に紹介されました。

TOEICでそこそこのハイスコアを持っているイコール会社で英語を駆使してバリバリ仕事ができるとは全くならないのに。

現在はTOEIC905点(2015年受験)で、リスニングではほぼ満点なのに、イギリスに来て、ナショナルインシュランスナンバーを取得するときや、お店の予約をするとき、仕事の電話対応、いつも、聞き取りに苦労しました。話すときも、言いたいことがスラスラとは出てきてくれません。ワーホリ3回目でこれか。。。と心底落ち込みます。

でも、メールベースでのやり取りや、書類の解読は問題ないし、そういう仕事のための英語だったらほとんど問題なくできてしまうのです。

何が言いたいのかと言いますと、やっぱり言語はまず自分にとってどんな時に使う英語が必要なのかを理解し、きちんと状況に応じた表現を学び、一人で練習し、実際に使うというインプットとアウトプットが非常に重要だとここに来てひしひしと感じるようになりました。(今更ですか。。っと突っ込まれるかもしれませんが)

ただただテキストを使って勉強していても、実践をイメージできないとその場限りで忘れてしまったり、どういうシチュエーションで使う表現なのかがわからないから、わからないままにしてしまったり。

だからと言って、英語を話す環境に身を置いて、とにかく話していれば英語ができるようになるかというとそうでもないのです。今は毎日英語を使う環境ですが、うまく伝えられないことや言い方がわからないことがあると、諦めてそのままにしてしまいがちになるということもあり、そこで聞いたり、調べたりするかしないかで大きな違いが出てくると感じました。

わたしは10年以上海外在住という人に結構あってきましたが、それでも英語が話せないとか、ブロークンイングリッシュのままという人はゴロゴロいます。

それはなぜか。

私が思うのは、インプットとアウトプットのバランスだと思うのです。もちろん気持ちの持ちようもありますが。
片言の英語でも相手が何とか汲み取ってくれるような環境では、誰も正しい英語に直してくれませんし、それで成り立ってしまいます。それで、本人が通じてる、できてると思うのであれば、それでもいいと思いますが、ぺらぺらの境地に行きたければ、言語の勉強に終わりはないと私は思います。

そういえば、南アフリカ出身の友達から言われた言葉で、

『日本人はすぐ「ダメだ」とか、「できない」って言うよね。
そう思うとできなくなるから、「自分はペラペラになる」「できる」っていつも言ってるよ。』
って。言われてハッとしました。確かに、日本人の友達は、「私できないから」とかマイナスな表現をする人は多いです。謙遜もあるんでしょうけど。

また、今のホストマザーは、
『「今日も顔色悪いね」と言わずに、「昨日より顔色よくなったね」と相手が元気になる言葉をかけると、本当に顔色が良くなるよ』と言っていました。

すごく些細なことですが、言い訳をせずに、気持ちを前に向けることも学ぶ時の姿勢として大事なのではないかなと思いました。

今回ロンドンを離れ、いろいろなバックグラウンドや考え方の違う人たちと関わり、語り合うことでいろいろなことを感じたので共有させてもらいました。

英語の習得は、当たり前ですが1日にしてならず!(自分に言い聞かせてます)です。頑張ります。

seize the day 🙂
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